「何か欲しい物ある?」


 唐突に、彼女は言った。









欲張りな少年の望む事










 読みかけの術書から視線を上げて、ナルトは向かいのソファに座るいのを見た。


「……何、いきなり」

「いきなりじゃないわよ〜。ナルトの誕生日、明日でしょう?」


 訝しく思って問うてみれば、呆れたような言葉が返ってきた。


 そうして漸く、今日が10月の9日で、自分の誕生日の前日だと気付く。


「あぁ……、そうだったな。忘れてた」

「忘れないでよ自分の誕生日くらい……」


 今度こそ呆れ返った様子で肩を落としたいのだったが、気を取り直してもう一度。


「で。何かない?」

「ん〜、欲しい物、ねぇ……」


 考える。

 考える。

 考える、のだが。


「思いつかない」

「何よそれ〜! 1つも? 1つもないの!?」


 もともと物欲が乏しいのもあってか、欲しい物、と言われてすぐに思い浮かべる事は出来なかった。

 強いて言えば、あるにはあるのだ。

 けれどそれは他国の禁術書であったり、木の葉随一の腕前の具師が造った忍具であったりと、相当の値がはる物ばかり。

 それにしても自分の高給でなら、大抵の物はすぐに買えるのだ。

 しかしいくら誕生日だとはいえ、自分より収入の少ない女の子に――しかも自分の恋人に――物を求めるのは気が引けた。

 けれどそれを正直に言ってしまえば、目の前で答えを待つ彼女を確実に傷つけてしまうだろう事はわかりきっているので心の奥に秘めておく。

 そして再び考える。

 考える。

 考えて、そうしてやっと思いあたったのが。


「あ、そういえば醤油切れそうだったな」

「残念。来る時に買ってきました〜」

「……よく気のつく事で」

「誰があんたのご飯作ってると思ってんの」

「いのさんです……」


 毎日のように家に出入りし、料理は出来るが面倒くさがってしようとしないナルトに代わって台所事情を把握しているいのは、とてもよく出来た女である。

 しかし漸く思いついたそれも駄目、と言われては、ますますどうしていいかわからなくなる。


「別に物じゃなくてもいいのよ? やって欲しい事とか、食べたい物とか……、ない?」


 考え込んでしまったナルトを見かねて、困ったようにいのが助け舟を出した。

 食べたい物。

 思い浮かぶのは。


「ラーメン」

「却下」

「えぇ〜……」


 唯一浮かんだ食欲も、すぐさま否定されてナルトは肩を落とした。

 まぁ、当たり前といえば当たり前なのだが。

 考える事が面倒臭くなりつつあったナルトは、がしがしと金糸の髪をかき混ぜて、ふー、と長く息を吐いた。

 困ったように、言う。

「あのさ、いの。俺、別に誕生日とかどうでもいいから、無理して祝おうとしてくれなくてもいい」


 誕生日など、単純に考えればただ1つ年を取るだけの日。

 今まであまり誕生日を特別だなどと思った事のないナルトにとっては、むしろどうしてこんなにも祝いたがるのだろうと不思議に思う。

 そんな考えから、ナルトは好意で先の言葉を口にしたのだが、どうやらそれは彼女の勘に触ったらしい。

 笑みを浮かべていた表情は固まり、細い眉が寄せられる。

 ナルトの経験上、これはあまりよくない事が起きる前兆だった。

 やはりそれは正しく、発されたいのの声は震えていた。


「何でそんな事言うのよ……っ」


 あ、やばい。

 頭のどこかが嫌になる程冷静に思う。


 これは、泣く。


 わかっていても、実際にその空色の瞳からぽろりと涙が頬を伝うのを見てしまえば、相当肝が冷えた。

 慌てて腰を上げて、いのの座るソファに近づく。


「いの、泣くなって」

「泣かせたのはあんたでしょーっ!」


 どこかズレた慰めに、いのは声を張り上げる。

 その拍子にさらに涙腺は緩んだのか、低く唸って俯いた。
 膝の上で握り締めた手の甲に、ぱたぱたと涙は落ちる。


「ナルトにとっては、どうでもいい日、なんだろうけど」


 ナルトの生い立ちを考えれば、彼が自分の誕生日に対していい印象を持っていないのも頷ける。

 父親の命日。
 迫害の酷くなる日。

 そんな日を特別に思えなど、酷な話かもしれない。

 けれど。


「私にとっては、特別なのよ」


 ナルトの生まれた日。
 この日がなければ、こうして共に過ごす事など出来なかった。


「誕生日っていうのは、ただ1つ年を取るだけの日じゃないの。まわりの人が、その人に、生まれてきてくれてありがとう、って言う日なの」


 生まれてきてくれてありがとう。

 君と会えて嬉しい。

 君といれて幸せ。

 どうかどうかこれからも、君が笑顔でいられますよう。


「好きな人の生まれた日を、感謝したいと思って何が悪いのよ〜……!」

「……うん、ごめん。俺が悪かった。……ごめん、な?」

 

 本格的に泣き出しそうないのの目元を親指で拭ってナルトは申し訳なさそうに謝った。

 生きてきた環境も違えば価値観も違う。

 意見や考えの食い違いは仕方ない事でもあったが、ナルトは自分の無神経な言葉を後悔した。

 いのはすん、と小さく鼻をすすって。


「わかったら、おとなしくあたしに祝われときなさい」

「はいはい」


 そう、いつものように軽口を叩いた。

 それに苦笑を返しながら、ナルトはいのの涙を拭う。


 欲しい物。

 欲しいモノ。

 ……ないわけでは、ない。けれど。


「あるといえばある、かな」

「何よそれ〜」


 基本的に、ナルトは物欲に乏しい。

 けれどそれはないわけではなく、あるけれど口に出さないだけ。

 多くの物を求めない分、ただ1つを深く、貪欲に求めてしまう。


「俺は欲張りなんだ」

「はじめて聞いたわ」

「1つ手に入れたら、全部欲しくなる」

「うん」

「絶対に手放せない」

「うん」

「それでも、欲しいモノがある」

「……うん」


 ただ貪欲に。

 求めるモノはただ1つ。



「いのが欲しい」



 彼女だけ。



「いののこれからの時間が欲しい。いののこれからの未来が欲しい。いののこれからの人生が欲しい。全部、欲しい」


 我が儘。
 強欲。

 わかっている。

 それでも欲しい。


「……それは、1年分かしら?」

「一生分でも構わないけど」

「あら、それだとあたしも同時にナルトのこれからをもらう事にならない?」

「いのになら」


 こつ、と額を合わせて、忍ぶようにくすくすと笑い合う。

 悪戯っ子のような空色の瞳に、映った自分顔は恥ずかしい程幸せそうな笑みを浮かべていて。


「返品不可ですが」

「上等」

「リコールも駄目です〜」

「しません〜」

「ならいいわ。あたしでよければ、いくらでも」


 誓うように、その薄い唇にキスを1つ、サービスとして。





「誕生日おめでとう、ナルト」






 最高のプレゼントは、微笑んだ。














ありがとう、ありがとう。
生まれてきてくれて。
ありがとう、ありがとう。
あなたに会えて、とっても幸せ!

 

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何このかっこいいナルトは!
何このかわいいいのは!!
素敵過ぎますよ、悶え死んじゃいますよ!!!
背景花言葉は「私の愛は増すばかり」です。

07/10/28 夜烏 白羽

 

 

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