「これは契約だ」
「ああ、わかってるよ」









子供の戯れ










里の様子が可笑しい。


早朝、下忍である子供達はアカデミーの前に集まっていた。
久しぶりに集う顔馴染みのメンバーにはしゃいでいた子供達は、
ポツリと零したサスケの言葉に、思わず動きを止めた。

ソレはすぐに気が付いた。
忍である子供達は感覚が鋭いから、とかそんな理由ではない。
ソレは気味の悪い胸騒ぎと不快な違和感と共に現れた。

だが、ソレが何だかわからない。

今日も木ノ葉の里は平和だ。
皆晴れ晴れとして、嬉しそうに顔を綻ばせる。
いつもと変わりない。
なのに、
拭いようの無い違和感が気持ち悪い。

「―――それよりもッ!遅いわねぇ先生達、何してるのかしら?」

漂う不穏な空気を和ませようと、いのは明るい声を上げた。
引きつって少々無理のある話題であったが、子供達には充分だった。

「紅先生達どうしたんだろ?」
「カカシ先生はいつものことよ」

ソレから目を背けるように口々に子供達は話し始めた。
やがて話は盛り上がり、話題は流れるように日頃の愚痴や噂話に変わった。
ソレがもう話題に出ることはなく、元の騒がしい子供達に戻る。





先生達が現れたのはそれから間もなくだった。
姿を見せた先生達に食い付こうとしていた子供達は、目を見開く。

喪に服したその姿に。

問い詰めようとしたサクラをカカシはやんわりと制した。
その表情は、覆面で見えないにも関わらず、
何か辛く苦しい感情を必死で抑えているのが、わかった。

今にも倒れてしまいそうなほど青褪めた紅を支えながら、アスマは「行くぞ。」と呼びかけた。
何ともいえないその雰囲気に押し切られそうになった時、サクラは我に返り慌てて言った。

「先生、ナルトがまだ来てないわ!」

その言葉をきっかけに、子供達は喋り始めた。
眩しい金色の子供、蒼い輝きを瞳に宿す真っ直ぐな少年。
いつもなら真っ先に騒ぐはずの彼が、いなかった。

カカシは何処か力なく笑うと、付いて来るよう促し背中を向けた。
誰も、その疑問に答えてはくれなかった。















「 コ ロ セ ! 」
「 コ ロ セ ! 」
「 コ ロ セ ! 」
「 コ ロ セ ! 」
「 コ ロ セ ! 」
「 コ ロ セ ! 」
「 コ ロ セ ! 」
「 コ ロ セ ! 」
「 コ ロ セ ! 」
「 コ ロ セ ! 」

辿り付いた先のその広場には、
沢山の人が、狂気に包まれていた。
その異様過ぎる光景に思わず子供達は慄いた。
嗚呼、人はここまで狂えるのか。
そう想ってしまうくらい、その場は異様だった。

混沌
狂乱

この言葉はこの光景のことをいうのではないか。
いや、そうに違いない。

狂ってる。

思わず吐き気に襲われ、ガタガタと子供達は震えた。
まるでこれからお祭りでも始まるのかというくらい、楽しげな服の中、
喪服を着た先生達は、微かに殺気を滲ませていた。
酷い、嫌悪を。


「静まれい!!!」


冷たい叫びが聞こえた。
広場の中央、そびえ立つ矢倉のような台の上、
三代目死後、五代目火影となった男―――ダンゾウの叫びが。

「さてさてさて、諸君。
 今日という善き日を祝おうではないか!」

ダンゾウの叫びに、里人達は歓喜の声を上げる。
 ナ ン ダ コ レ ハ ?
状況についていけない子供達は、次の瞬間、アタマガ真ッ白ニナッタ・・・。



「 これよりこの里を蝕む、汚らわしい九尾の器を、

  ―――――――うずまきナルトを、処刑する!!! 」



停止した思考。
瞬間爆発するかのように高まった歓びの叫びすら、耳に入らず、
暗部装束を身に纏う男達に、乱暴に連れられてきたその姿を、
彼の少年が姿を現す、その光景を、
食い入るように、見つめながら。

眩しい金色の子供
 ―――痩せ細って、血に汚れ、くすんだ金色。

蒼い輝きを瞳に宿す真っ直ぐな少年
 ―――抉り出されたのだろうか、血塗れた包帯で隠れた蒼。


「 化 け 狐 ! 」
「 死 ん で し ま え ! 」
「 キ エ ロ !」
「 殺 せ ! 」
「 殺 せ !! 」
「 殺 せ !!! 」


嗚呼、なんて、
なんて嬉しそうに歪んだ顔―――狂喜。

・・・そうか、だから先生達は喪に服す。

「やめて、お願いやめてぇッ!」
「ナルトが何したって言うのよ!!!」
「ナルトを放せ馬鹿野郎!」
「やめろッッ!ナルトを返せよ!!」
「ナルトは何も悪いことしてないじゃないか!!!」

叫びは掻き消され、届かず。
誰にも流れを止められない。
世界は狂ってる!

走り出そうとした子供達を、暗部の男達が押さえつけた。
必死に抵抗も意味を成さず、叫ぶ事も出来ない。

「何を言っている。楽しい宴だ、もっと悦べよ」

不気味に弧を描く男の声に、嫌悪と恐怖、絶望が入り混じる。
目を背けようにも、首は固定され、
目線の先には、磔にされたナルトの躯、
両手を切り落とされボロボロになった躯。

死刑台の、上。

「狐よ、貴様は今ここで死ぬ。
 最後に言いたいことはあるかのぅ?」

楽しげに笑うダンゾウを、殴り殺せたらどんなにいいだろう。
だけどあの男は火影で、火影の決定は絶対で、
実力だって敵わないのだ。

己の非力さに、拳を握り締める。

流れる涙を止める術はあろうか。
否否否、あるはずが無い!
微かに動くナルトの唇、もう声も出せないのだと悟った。




「・・・ああ、わかってるよ」




―――唐突に。
そう、唐突に声がした。

刹那のこと、一瞬の風、一陣の影。

ぐはぁ!

吹き飛ばされたダンゾウと数人の暗部を見て、我に変える。
死刑台に、佇む少年。
束ねていた髪留めが、切れ、
その黒髪が顔に掛かる。
表情は見えない。

それまで何で気が付かなかったのだろう。
今まで黙っていた、静かだった少年の姿。

ナルトは顔を動かした。
もう見えるはずの無い存在しない目を向け、嬉しそうに顔を綻ばせる。


「 シ カ 


本当に―――嬉しそうに、微笑む。

真っ直ぐな、
眩しい、
輝きを放って。

「契約を果たしに来た」

抑揚のない冷たい声。
いつもの面倒そうなあの声じゃない、何の感情も宿さない、声。

シカマルは自らの影に手を伸ばし、身の程まである大刀を取り出した。

暗部達がシカマルに近づき止めようと手を伸ばす。
しかし尽く結界に阻まれ、死刑台に近づくことすら、出来ない。

今までごめんな。
 ―――もう、お前は自由だから


シカマルは黒光りする大刀を構えた。

そこで子供達は気付く。
―――・・・チガウ、

「何をする気だ、シカマルッッ!!!!!」

サスケの叫びは届かない。
二人の世界がそこにあった。
嗚呼、今度こそ世界の音が消える。



「「 さようなら 」」



舞う血、空を跳ぶ―――ナルトの首。
ゴロリと転がるその首を、シカマルは拾い上げた。


「―――――ッ何すんのよシカマル!!!」


叫んだ。

「何でだよ!助けようとしたんじゃなかったのかよ!?」

叫んだ。

「何故ナルトを殺したんだ!」

叫んだ。

「親友じゃなかったの!?」

叫んだ。


「人殺し!!!」


子供達は、叫んだ。
あまりのことに呆然とした暗部達を振り払い、
結界に弾かれながらも、必死に訴える。
仲間が遠い。あんなに近くにいたはずなのに!


「・・・契約、だから」


ポツリと、シカマルは言った。
相変わらず抑揚の無い声。
知らない、こんなシカマル、知らない。

シカマルは顔を上げた。
無。
無表情、漆黒の瞳。
冷たい闇のような暗い瞳。



「愚かな里人よ!!!」



その声はその場に、木ノ葉の里に響いた。


「滅ぶがいい!彼の加護に気が付かぬ自らの浅はかさを呪うがいい!!」


誰も、誰も何も言えない。
不思議な威圧感がそこにあった。
シンと静まり返ったその場所で、誰もがシカマルを見つめる。

「総副隊長――――?」

暗部の誰かが、言った。

シカマルは一瞥もしない。
大刀を構える。

誰もが動けずに、いる。


「俺は、自由だから・・・」


シカマルは、自らの胸を貫いた―――――・・・。

















「契約を、しよう」
「契約?」

狐面をした子供は、黒い髪をした子供に言った。


狐面の子供は、忌み子だった。

それでも忌み子は神だった。
何千と木ノ葉ができるまえからの守り神を宿した神子であった。

黒髪の子供は、異端だった。

全てを暴く力は恐れられ、彼は捧げられた。
神子への、供物という名の生贄に。


だからこそ黒髪の子供にとって、狐面の子供は世界と言っても過言ではなかった。



「お前は何があっても死ぬな。
 お前の全ては俺のモノなんだから、絶対に死ぬな。
 俺のモノなのに、誰かに殺されるなんて赦さない。
 のたれ死ぬなんて赦さない。自殺なんてもっての他だ。
 お前は俺のモノなんだから、お前の命は俺が握る。
 お前が死ぬ時は、俺が命じた時のみだ。

 俺を庇って死ぬなんてことも赦さない。
 俺を護ろうと自分を犠牲にするのも赦さない」



淡々と楽しそうに言う狐面の子供を見て、黒髪の子供は眉を顰めた。

「俺の役目はアンタを護るこ 「護って欲しいなんて思ってない」

黒髪の子供の言葉を遮り、狐面の子供は言った。
蒼い瞳が黒髪の子供を射抜く。
それでも眉を顰める黒髪の子供を見て、狐面の子供はため息を付いた。



「・・・なら、どうしても俺のことを想うなら、

 俺の力が暴走した時、
 俺が死にたいと心から願った時、
 俺が今にも殺されそうで、
 もう俺が反撃できず抵抗すらできない状況になった時、


 俺を、――――― 
殺 し て 」



そう言って、狐面の子供は笑った。
何かに縋るように、何かを願うように、
優しげで、何処か寂しげで、儚げな微笑。

「俺が死んだら契約は解除。
 お前は自由だから、お前の命も全部お前に返すよ」
「・・・・・・・・・・」

黒髪の子供は今度は何も言わなかった。
ただ黙って、手を伸ばして狐面の子供を抱きしめた。

何も言わない代わりに、黒髪の子供の頬に一筋の涙が流れた。

黒髪の子供は、今まで涙を流した事が無かったという
そしてこれから先も、一度も涙を流すことはなかった。
たった一度、最初で最期の涙だった。








「これは契約だ」
「―――ああ、わかってるよ」



それは幼い子供の戯れのような、不確かな
約束だった。






+++++あとがき++++++++++
文字サイズ変えてみた。
ナルト処刑ネタ。・・・暗い。
綱手が火影にならなくてダンゾウがなったらきっとこうなると思う。
シカナル主従設定、一回やってみたかった。
でも敬語使ってないから主従っぽくないんだよ、うん。
二人の絆がわかってくれれば嬉しいなぁ、なんて思ったり。
日記にロングあとがきあります。
08/01/31 夜烏白羽

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